わたしにはなにもない

 

 

小学校六年生だったか

わたしはそれまでいじめられていたのに、代わる代わるできる唯一の友達の存在もあって離れられなかった小学校から引越しを契機に脱して転校をした。初めての転校ではない。一年生のときに、幼稚園の頃仲良くしてくれていた友達がここには居ないと言って転校をさせてもらったからだ。

(余談だが、小学校三年だったか。情報の時間に、ペイントとマウスを使って自画像を描く機会があった。わたしはわたしなりに頑張ったつもりだった。慣れないマウスを動かして、髪をつくり、目をつくり口をつくり、輪郭をつくった。しかし、その授業を受けた全員の自画像が廊下にはりだされているのを見て愕然としたのをよく覚えている。他の子はわたしのよりも確実に上手だった。輪郭を一筆で描けていたり、髪も粗雑に描かれていなかった。しかしわたしのだけがあからさまに醜かったのだ。まだ鮮明に覚えている。黒の筆で激しく上下させた髪。おどろおどろしい目。顔。わたしだけ枠から著しくはみだしていた。というより、大きすぎた。そのためか、見た目のインパクトが強かったのだ。わたしはその場面を思い起こすたび自分は自分が嫌いなのだと思い出す。)

転校先は、照明からして陰鬱だった前の学校と比べて日差しが届き、生徒の雰囲気も柔和でどこまでも優しく、筆舌しがたいほど楽しい場所であった。思えば初めて友達と気ままに遊んだ。好きなように振る舞うことができた。(後に両親が先生に娘に優しくしてやってくれと釘を刺したことを両親から知らされて、その偽善的な心にいやになるのだが今はよいだろう)楽しく過ごしていたある日の朝礼だった。先生が段に登って話をする。わたしらは整列してそれを黙って聞いていた。名前は忘れたが男の子のような女の子で、男性職員に恋をしているという噂(事実)が広まってしまっている子が近くにいた。朝礼が終わった後、その子が話しかけてきた。やっぱり○○先生かっこいい。わたしはその場にそぐうような相槌をうっていた。そうすると、彼女はそういえばと思いついたように言った。

「ゆり太と同じ小学校からきたんでしょ?わたし友達なんだ!」

ゆり太。五年生のわたしのまわりを、やたらとひっ付き回ってきた六年生の男子であった。眼鏡をかけていて背が高く、色白で、頰にほくろがひとつあるのが印象的であった。わたしは友達なんだね、とでも言ったような気がする。

「おかしいな、ゆり太から告白された?ふかみちゃんのことが好きだって言ってたよ」

 

わたしはその頃こそ動きもしなかったが、中学にあがって(それからちょうど一年経った頃か)やっと実感をもった。そして会いたいと思った。

図書室で本を読んでいるとたまにつついてきて、見上げるとやっぱり眼鏡をかけたいたずらっぽい笑顔があった。次第に図書室にいくと、入り口を気にするようになった。そして、彼がひょこっと顔を出すと、本を閉じて棚に戻して、もしくはさっと借りて、彼を追いかけ回すのだ。たまにわたしは転んだ。彼の様子は見なかったからわからないが、気にせず追いかけまわしていた。そのくらいの付き合いだった。授業のベルが鳴ると、お互いに「ばか」だの「庶民」だの言って散り散りに去った。一緒に帰ったことなどなかったように思う。

わたしは前の学校の見えるところまでは向かった。しかし、見えるとこわくなってしまった。どうしてもあの敷地に近づけなかった。わたしはここに通っていた○○です。○○年にここを卒業したゆり太というひとと会いたいので教えてください。何度も頭で反芻したが、ついに言うことはなかった。

あれから何度か挑戦したがどれも失敗に終わった。

しかしもそれからもなにもない。

失敗に終わり、臆病者はこうして思い出を想起するだけなのだ。