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近頃、なにかに縋りたいような、満たされない気がするのはわたしが一番よく分かっていた
だから食事に走ったし、淋しさを抱えているのをわかっていた
友達では埋められなかった
虚しさしかなかった
そもそもわたしにはなにもない
わたしはあまりにも大きなものをなくしたのかもしれない
本当に淋しさなのか?
わたしのもつ空虚感は他によって補われるものではあったが、あのときの淋しさとはこれだったのか?
わたしを理解してくれない人間しかいないということに気づいてからおかしつなった?
わたしは
たしかに幸せだった
だが悲しみにうちくれた日々もあった
悲しみのほうが楽しみよりも大きいだろう
わたしのなかには清々しさがある?悲しみがある?
阿呆らしい茶番ばかりして、それでもぬるま湯の幸せだからと、幸せは幸せだからとしてしまってよかったのか?
わたしは手に入れたものをなくしてしまった