記憶

 

小学校の頃のわたしは本の虫であった。

こまったさんから始まり、たまたま家にあったエロ本を読んだり、それに触発されて塾の友人を誘って、立ち読みができる書店にエロ漫画を読みに行ったこともある。(よくわからないコマがあって、精液めいてはいるんだけれども、なんとも溜飲が下がらない思いだったので、同じように在庫を入れる棚を背もたれにして床に座り込んで隣でエロ漫画を読んでいた一つ上の友人に「これなんだと思う?」ときくと「ザーメンじゃない?」と答えられた。今思えば異常な様子な気がする。)

エロ漫画も好きではあったが、殊に好きなのは星座と神話であった。いや、エロ漫画も同じくらい好きだった。もうパンツが濡れてしょうがないというくらい読み漁ったし、恥ずかしい思いをして、しかもレジ裏に座って話をさせてくれるほど店員がわたしを可愛がってくれるところで少女コミックなるエロ本を買ったことも何度かあった。結局あそこは新しく入ったお兄さんと話してるときに、以前から勤めていた女性従業員(わたしとも仲が良い)が「あ、最後までやったの?」「いやどういう意味?やめてよ、そんなんじゃないから」なんて話をしていて、エロ本を読みまくっていたわたしははっとしてしまい(子供ながらお兄さんに下心を持っていたということもあり)、適当に話を切り上げて暫くそこへ通わなくなった。他にも書店は近くにあったのでそちらを利用した。月に一度また赴けばいいほうだった。しかし気まずいのもあり、それも段々なくなっていった。もう随分経ったなと何年かしたあと行くと店員の顔もわからなくなって、聞くともはや店長までかわっていた。

そういえばあの新しく入ったお兄さんとは、やはり下心があったため、居ると必ず話していた。レジにバイトが二人並んでいたら三人で話すけれども、あそこは若い女のバイトしかおらず、そういった状況になったときには何故いるんだ?と幼いくせに一丁前に妬いたりしていた。よく覚えているのは水のことだ。喉が渇いたというので、わたしが丁度持っていたペットボトルを彼に差し出した。飲んでいいよと言うと、彼はいいの?と言い受け取った。しかし、飲み口に口をつけずに飲んでみせて、つい「え?」となり、間接キスを望んでいた訳では一切ないが、「なんで口つけないの?飲みづらくない?」と聞くと、「いやだって、さすがに口をつけるのはどうなのかなと思ったんだ」と苦笑いをしながら言った。あれから随分時間が経っているが、お兄さんはロリコンの節があると思うし、あの言葉の真相を知りたいところだ。

話がずれた。

ともかくわたしは神話と星座が好きでたまらなかった。

今でこそ純文学ばかり読んでいるが、その当時のわたしには坊ちゃんやらなんやらは格好付けで図書室で読むものだった。一緒に本を読むような友達が居なかったので、誰に格好つけるということもなかった訳だが。

当時、わたしは民間の書道教室に通っていた。マンションの一室の、小さな教室だった。平日の書道教室は老いた妻が、土日の英会話教室は髪が白んだ夫らしき人が講師を務めた。あまりにも星座が好きすぎて、分厚い本を持ち歩いていたわたしは、書道教室も民間なりのてんてこまいで、他の児童に構っている間わたしのを見てくれなかったりと、暇があるのでその隙に読もうと持っていっていた。本を持っているので気になるのか、多くの人に話しかけられた。よって、結局手をつけずに持ち帰って自宅で読んだりもした。

星の場所を覚えたかった。丸い星座表をみて空を見上げても、あまり見えない。やっとあれがアンタレスかなとなるも、正解かどうかわからないので、紙でできた星座表はすぐに役立たずになった。それでもすオリオン座だけはあまりにもわかりやすく、見つけることができたので、今でもオリオン座だけは見分けることができる。

ここからが本題なのだが、書道教室で話しかけてきた人たちのなかに、小学校六年生だったか。中学生だったか。翔と書いてしょうと読む男子がいた。色気のない坊主頭の背の高い男だった。帰り道、何故か遠回りをしてまで送ってくれたことが何度かあった。わたしは友達のなかのひとりとしか思えなかった。

雨上がりの夕方過ぎ、日が落ち始めた頃だった。書道教室が終わって帰ろうとすると翔も付いてきた。彼は自転車で来ていたようで、おして歩いていた。他愛のない話をしていたように思う。しかし、彼は歩を止めて、わたしに意を決したように向き直った。なんだと思っていると、「俺、中学生だけど、付き合ってほしい。本気なんだ」といった。(そうだ、彼は中学生だった。一年か二年かはわからないが。)わたしは訳もわからず、は?と言った気がする。「でもわたし小学四年生だよ?翔は中学生じゃん」といった。彼はそれでもいい、好きだといった。いや、理解できなかった。本当に眼中になかったし、お付き合いということがまだよくわからなかったからだ。しかしなにか返事をしなくてはならないのはわかったので、「わかった」といった。言ってしまった。これが後に頭を抱える問題になるとは露とも予測していなかった。それから少しばかり気まずい空気が流れた。わたしの家はまだまだ遠いし、もはやなにを話せばいいかわからず、「お付き合いって、なにをすればいいんだろうね」と言ったら、彼は口ごもった。エロ本は読んでいたくせに、実際自身のこととなるとまるで真っ白だった。本は本で、現実には起きないとでも思っていたのだろうか。問答は覚えていても気持ちのほうの記憶はすっぱり抜けてしまっているので、今でも謎である。それからぽつぽつとなにかを話したような気もするし、しなかったような気もする。とにかく、彼はちょっと待ってといい自転車を停めた。通路が狭く、脇道があったり街灯が暗かったりと、わかりやすいくらいの裏路地であった。彼は念押しで、待っててと言った。彼がなにをするのか皆目見当もつかなかった。わかった、と言い、離れていく彼の背中を目で追った。彼は走ってわたしから離れ、丁度いいと思ったのか止まり、そしてチャックを下げた。チャックを下げたのだ。そしてあれをだした。わたしは驚いてなにも言えなかった。あれをだして、用を足しはじめたのだ。ふうというため息は今でも胸糞悪いが覚えている。遠いし暗いのでよく見えないが、友人?が少し離れたところで尿をだしている。そもそもわたしは、素行が悪い人間が嫌いであった。立ちションなんてありえなかった。

わたしが呆然としていると、終わったのか彼が駆けてきて(用を足してこちらに向き直ったときに目がかちあってしまってまずいと思ったのをよく覚えている)、ごめん!と言った。そして、我慢できなくてさ、とも言った。わたしは、ううん大丈夫と答えたが、それどころではなかった。あれを触った手で自転車のハンドルを握っている。ハンドルをじっと見つめ、二度とこの自転車には触るまいと思った。翔はわたしの、人として許せる範囲を著しく越えたのだ。それから、いつもよりも早く、わたしが「ここでいいから」といって強引に別れた。

そこからの日々は気持ち悪いの一言に尽きた。翔とは会わなかったが、思い出すたびに気分が悪くなる。父母には恵まれていなかったため、自身で考える癖が身についてしまっていて、この問題も一人で解決しようとしたがあまりにも手に負えなかった。

英会話教室のため、いつものように受講していたとき、そういえばとわたしは講師を見た。講師とは仲が良かった。父母にかわって話をきいてくれるかもしれない。そう確信をもつと、わたしはあの件について洗いざらい話した。講師は、別れるなら別れるで--などとわたしの悩みに真摯に答えてくれたように思うが、わたしは全く感動しなかったことだけは覚えている。講師の意見はだめだ。でも、書道教室があるので会わざるを得ない。そうして考えた挙句、もう付き合ってられないから別れてほしい、きみの存在自体が汚くて気持ち悪い、わたしの目の前から消えて欲しいといった内容のメールを送ることになった。

彼から返信はあった。縋るような内容だったように思う。わたしはメッタ刺しにするような内容でそれに返信した。とにかく憤りが止まらなかった。もはやわたしの目の前で用を足すなんてと憤慨していることは気づいてなかった。とにかく気持ち悪くて仕方なかった。

彼からの返信はなかった。書道教室にも顔を出さなくなった。講師にはざまあみろといった愚痴を言った。

 

これがわたしの初めての"お付き合い"である。お付き合いにも満たないだろうが。

記憶の奥の奥に眠っていて、今日雨が降っているのを見てなぜかふと思い出した。

 

ある夏、書道教室に早く着いてしまって、どうしようもないので中に入れてもらった。いつものように中年の先生がいて、もうひとり同じような事情で転がり込んだ子がいた。一緒に麦茶かなにかをのんでいた。どうしようもなく暑かった。カーテンがいつも開いているベランダから、陽の光がさしていた。畳の香りと墨汁の香りがした。

先生は思いついたように「おやつにしよう」といった。「みんなには内緒だよ!」という言葉に、もうひとりははしゃいでいたが、わたしは遠慮をしていた。だが、でも、と言いながら、期待もしていた。先生が冷蔵庫から出したのはなんと胡瓜だった。目を白黒させるとはこういった具合であるとでもいうようにわたしはびっくりした。そして一本持たされた。ざっと洗ったあと、先っぽはかじって捨てなさい、と先生は言い、かじってはシンクの排水口へ吐いてみせた。わたしももうひとりも、それにならった。そして先生は小皿をだし、醤油をそこにだした。ここにつけて食べなさいと言った。

うだるような暑さのなか、食べた醤油つきの胡瓜の味は、今でも覚えている。かじった表面がざらついていたり。はんだときに唇にふれる冷たい胡瓜の感触を。

それ以来、胡瓜を見るとなんとなしに思い出すのだ。